セロの突きが戦車くんにクリティカルヒットする。
戦車くんは死んだ。
「やばいね」
セロは独り言のように呟くと、自分の右手に握られている剣に目を向ける。
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セロ
▼レベル 10
▼所持武器
・鉄の剣 1
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1というのは使用回数である。
つまり――。
「大丈夫ですよ。私が魔法でなんとかしますから」
同行人のフィアがそういった。白いローブに身を包んでいる彼女は、長い金髪をふたつのおさげに結っていた。フィアは少々息苦しそうだ。
彼らがいまいるところは、ガルドの洞窟と呼ばれる場所だ。
人があまり立ち入らないそのダンジョンには、『天使の布』と呼ばれるアイテムが眠っている。彼らの目的はそれだった。カビ臭さが充満している。そして今、彼らは地下三階にいた。
「ありがとう。でも根本的な解決にはならないから、やっぱりなんとかしないとね。宝箱でもあればいいんだけど、戻るにしても微妙な距離だしね」
笑みを浮かべながらフィアにそう返す。
「そう都合よく――あっ!」
フィアの視線の先。そこには目立たないよう、端っこに置かれている宝箱があった。一体誰が置いたのだろうか。
「ラッキー! あけるよ?」
急ぎ足でその場所に向かうセロ。後ろを振り向いてフィアに確認すると、彼女もまた力強く頷いてセロの側に陣取る。
セロは宝箱を開けた――。
すると箱の中から飛び出したのは、小さな妖精だった。
妖精は長い黒髪を振り乱しながらこう言った。
「えすえすあーるでーす」
「よっし!」
「やったっ!」
セロとフィアは同時にガッツポーズをとる。
妙なエフェクトの後、出現したのは――。
「え?」
セロとフィアは同時に声をあげた。
彼らの目の前に現れたのは、また別の妖精。今度は赤毛のショート髪だ。
「ピクシーだね」
「ですね」
それはピクシーと呼ばれるモンスターの一種だった。
「ちょっとちょっと、なんでそんな不満そうなのよ」
ピクシーは声を荒げながら、右へ左へ飛び回っている。
「だって、いまじゃないよ。いまはどう考えても武器だよ」
セロは妖精に向かってため息をつきながらそういった。
「いくらSSRでもね」
「こう見えてもあたし攻撃できるんだよっ?!」
「マジックアローだよね。あれダメージ一桁しか出ないよね」
ピクシーは、うぐっと呻いた。
「ピクシーはどちらかというと、回復と補助ですから」
フィアはその後小さく「役割が被ってるんです」と呟いた。
「あれ、あたし、呼ばれてない?」
シュンとした面持ちで、ピクシーは所在無げだ。
何も答えないセロとフィア。その様子を見たピクシーは、
「いーもん、いーもん!」
と、ダンジョンの奥の方に飛んで消えていってしまった。
「行ってしまいましたね。えすえすあーる」
「アイテム扱いじゃないのか」
取得したアイテムが自力で逃げていくなんて話を、セロはきいたことがなかった。
ガッカリしたふたりは、ダンジョンのさらに奥へと目指して歩いて行く。
セロの革靴が、地面の小さな石を蹴り飛ばす。地下三階となると、旅慣れた人間でも易々とはたどり着けない位置だ。せいぜい勇者ご一行や、金に物を言わせた課金戦士ぐらいだろう。
何せガルドに潜ってからもう一週間が経っていた。
水も食料も心許ない。たまにある地底湖で『一緒に』水浴びをしているお陰で、不快指数はそれほどでもない。それでもダンジョンに長く潜っているとストレスが溜まるもので、セロとフィアの間でも、口数が減ってきていた。
「セロ、モンスターですよ」
小声でフィアがそう伝えると、セロは小さく頷いて見せた。
彼らの目の前にはサラマンダーと呼ばれる火トカゲがいた。レベルは大体8ぐらいのモンスターだ。ちょうど消耗するぐらいの嫌な相手だ。
できればエンカウントしたくない。セロはそう考えて、人差し指を立てて口元に当てる。フィアも察したのか、物音を立てずに息を潜めた。
そのときである。
「サラマンダーさーん! ここに人間がいますよー!」
そんな声が響いた。
目をこらしてよく見てみると、先ほどのピクシーが飛び回っている。声の発信源は彼女だった。
ご丁寧にセロたちの側に飛んできたピクシー。サラマンダーが気づき、咆哮をあげてセロたちに突進してきた。
「あのピクシーなんなんだ!」
当のピクシーは既にどこかへ飛んで行ってしまった。
ピクシーのことに腹を立てていたが、そんなことをしている場合でもない。
セロは剣を構える。フィアも杖を構えて魔法の詠唱準備を始めた。
「セロは撹乱してください。私がアイスニードルで倒します」
「わかった!」
言われた通り、セロは相手の注意を引きつける。手に持っている剣は、あと一回攻撃すれば壊れてしまう。なるべく温存しなければならない。
「武器は使えない――ならば!」
セロが革靴でサラマンダーを蹴り上げる。するとサラマンダーが怯んだ。しかし焦げた臭いが辺りに充満し、セロの革靴はつま先が黒く炭化していた。
「肉弾戦は無理か」
剣を鉄の鞘に納刀したセロは、鞘とベルトを繋いでいる留め具を外す。鞘に収めたままの剣をふるって、相手の気を引く作戦にでた。
大きく剣を振るったとき。
鞘は彼方へ飛んでいってしまった。中から現れたのは、使用回数1の刀身。それが見事にサラマンダーにヒットする。
鉄の剣は壊れた。
グォォォォォっ!
咆哮が響く。しかしサラマンダーはまだ絶命していなかった。