雨の日とボロボロの教科書

職員室を出たあと、案内看板は階段を降りるように指示していました。1階に降りたあと、玄関から表に出て、回り込むように歩いて中庭へ行くように書いてあります。

1階の玄関に辿り着いたとき、再び雨が降り出してきていました。傘を差して外に出ます。だんだんと強くなる雨足に、紙袋が濡れないよう注意を払って歩きつづけます。

そして同時に、周囲への注意力が散漫になっていきます。視線を紙袋からじわじわと濡れてきた靴下に向けたとき、どすんと、なにかにぶつかってしまいました。

「すみません!」
反射的に頭を下げて謝ります。

顔を伺おうとゆっくり頭をあげると、そこに立っていたのは水が滴っている大きな植木でした。顔や体中が火照り、恥ずかしくなった私は、慌てて周りを見回していました。

幸い、誰にも見られていないようです。そうしてしばらく歩き続けて、ようやく中庭に辿り着くことができました。

中庭では白い屋根のテントがいくつか張ってあります。テントの下でさまざまな人が行き交っていました。

チェックシートに目を通すと、教科書や体操服、上履き、学校指定の関数電卓、家庭科でつかう裁縫道具、美術でつかう絵の具や彫刻刀などのさまざまな道具を買わなくてはいけないようでした。

お母さんに渡されたお金だけで、本当に足りるのかと不安になりました。

しかし、チェックシートには、それぞれの値段まで記載してくれています。本当にこのシートの作成者には頭が下がる思いです。

チェックシートに書かれているアニメキャラたちは、デジタルデッサンのようで、とても綺麗なものでした。

パースがつかわれていてキャラに立体感があるので、とてもリアルに感じられます。この作者が絵の勉強をしていることがわかり、親近感を得ました。

そんなチェックシートと見取り図にならって、最初に辿り着いたところが主要科目の教科書を販売しているテントでした。

分厚いものから薄いものまで、全部で二十冊近くはある教科書群です。

持ちやすいようにビニル紐でくくりつけられていて、このまま古紙回収に出せそうなぐらいしっかりしています。

係の人から手渡されたそれはズッシリと重くて、これを持ってウロウロするのはちょっと大変だなと感じました。

ゆっくり紙袋に入れていきますが、少々頼りないです。ビニルでもどうかと思う重量なのに、紙製の袋ですから。

「お嬢さん、それ大丈夫?」
なんて係の人に心配されました。

「いいえ、大丈夫じゃありません」なんて言えるはずもなく、苦笑いだけを返して別のテントに向かうことにしました。

破れないように底を手で支えたいところですが、あいにくの雨です。

傘で片手がふさがっている以上、余計な負荷をかけないように歩くことぐらいしかできません。

「ウソ……なにこの量」
副教科のテントにきたあと、係の人から手渡された教科書とさまざまな道具の総量を見た私の言葉です。

雨だろうが晴れだろうが、私ひとりで持って歩いて帰るのは無理っぽいぐらいの量です。当然、頼りない紙袋には、文字どおり荷が重すぎます。

係の人も私の袋を見てアイコンタクトを送ってきたぐらいです。

「どうする?」って。

袋はいくつか持ってきていますが、なぜかどれも紙袋です。仕方がないので、重量が掛からないようになるべく小分けにして入れます。

なんとか袋の中に入ってくれました。ですが、それを持つ私の力は、また別の問題です。二の腕が張って、とても痛かったです。

グダグダ言ってても始まらないので、副教科のテントを後にして、足早に備品のテントに向かいました。

上履きや体操服などを購入し紙袋に入れます。私はもう、一歩も歩けないような荷物になりました。

これからバスや電車を乗り継いで帰るのは、狂気の沙汰です。幸いにも教科書類を買ったあとのお釣りがすこし残っていたので、タクシーで帰ることにしました。

そう決めた私は、そそくさと校門に向かいます。それが行けなかったのです。

いよいよ本降りとなってきた雨が、紙袋に浸透していたようです。手提げ部分が、イヤな音を立てて根本から破れてしまいました。驚いて引き寄せた反動で、次々と他の袋も破れていきます。

その場に、買った物が散らばっていきました。すこしのあいだ呆然とそれを見つめているだけです。どんどん濡れていく教科書を見て我に返りました。

拾おうとしゃがみ込んだとき、スッと視界の外から手が伸びてきます。色白でキレイだけど、私より大きな手は男性のものでした。

「あっ……」
と声を漏らして頭をあげると、そこにはひとりの男子生徒がしゃがみ込んでいます。
「手伝うよ。拾うの」

「あ、ああ、あっ……すみません。ありがとうございます」
そう言う間にも、次々教科書を拾っては軽く土を払ってくれていました。

彼は自分のスラックスが汚れるのを気にも留めない様子で、拾った教科書を膝の上に載せていきます。

「正直、いつかやるんじゃないかなって思って、テントからずっと見てたんだ」
バカにするような感じじゃなく、可愛い笑いを漏らした彼に、私は恥ずかしくなりました。

同級生かな。でもちょっと大人っぽいし、制服もちょっと使用感があるし。

「悪いかなと思ったけど、心配だったからちょっとだけ様子を見ようとついてきたら、ぶちまけててさ」

「いえ! 助かりました。本当に。ありがとうございます」
ドキドキと高鳴る胸を抑えて、なんとか声を出します。

すこし裏返ったのが恥ずかしくて、肌や制服が濡れて肌寒かったのがどこかに飛んでいきました。身体の芯からポカポカしてくるような気持ちです。

そんな中、私は自分の手に握られている紙を見て思わず、
「あーっ!」
と叫んでしまいました。

彼は驚いて私の手元に目を向けます。

可愛いキャラが書いてあった私の虎の巻「チェックシート」が濡れてヨレヨレになっていました。

ここまでその愛嬌のあるキャラと適切なアドバイス、わかりやすい表で私を助けてくれましたが、どうやらここまでのようです。

叫び声は愛着と残念加減のために出たものでした。想い出にとっておこうと考え、丁寧に折って大切に制服の胸ポケットに忍ばせました。

「そこまで大切に扱ってくれると、やっぱり嬉しくなるね」
そう彼は言いました。

「え?」
「それ、作ったの僕なんだ」

ウソー!! その日一番のオドロキです。

目の前の優しい彼が、こうして手助けしてくれてるだけではなく、見えない場所から助けてくれていたのです。

「ああ、申し遅れたね。2年……いや、次から3年か。武澤って言うんだ」
一通りの教科書を、膝の上に積み終わった彼がそう言いました。

「ああ……たけ……ざわ?」
どこかで聞いたことがある名前です。

「うん、あれ。どこかで会ったっけ?」
「いえ、なんか聞いたことある名前だなあと」
「ああ。ここの理事長が僕の親戚だから、それでじゃないかな?」

ああ。そっかそっか。

って、えっ! あのスーパーマンが、雲の上の人が、私の目の前に!

とりあえず何を言えばいいのかわからなくなった私は、咄嗟にお礼のような言葉をフガフガと言いました。

「いいって。さすがにこんな状態の人をスルーできる人って、そんなにいないと思うんだ」
確かにそりゃそうだ。

「とりあえず、職員室においでよ。代わりの袋ぐらいあると思うし」
「え? いいんですかね……?」
「当然だよ。袋ぐらい気をつかう物でもないし」

そりゃそうだ。いちいちごもっともです。
「濡れた服も乾かさないと。職員室ならエアコンも効いてるから、しばらくゆっくりしていきなよ」

そうして彼の好意に甘えることにしました。

よく見れば、背が私の頭ひとつ分ぐらい高く、スラッとしています。無造作すぎず、整髪すぎない髪型が似合っていて、キレイな顔立ちの人でした。

結局、水を吸ってすっかり重くなった教科書は、すべて彼が持ってくれました。私はそれ以外の細々した物を持って、再び校舎内へ足を運ぶのでした。

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