その日、私は入学する高校の、教科書や道具を買いに行く日でした。
あいにくの天気で傘を差していましたが、ずっと降っているかというとそうでもなく、降ったり止んだりするうっとうしい天気でした。
学校へは電車に乗って3駅ほどしてからバスに乗り換え、6つめの停留所で降りて10分歩くという道のりです。バスの中は混んでいて、閉じた傘が他の人に当たらないように注意していました。
バスには私と同じように学校へ行く人が乗っていましたが、みんな制服が違うので、ちょっと「ヘンな感じ」と思いました。
違う制服というのは、まるで住んでいる国が違うような印象があります。なんとなく知らない、それも友好的ではない国の人という感じです。
顔見知りでもないし、どんな人なのかもわからない。別に面と向かって文句を言われたわけではないけれど、一触即発の雰囲気を勝手に感じて身構えていました。
なにが争いの種になるかわかりません。閉じた傘から滴る水が、その人たちの足に掛からないようにするので精一杯です。
ふと、車内を見渡してみると、友達と一緒に来ているグループがいくつかあるのを見かけました。
私は「うらやましいな」と思いつつ、そのうちの1グループになんとなく目を向けてみます。彼女らの発しているひそひそ声が響いてくるので、無意識に気になったのです。
すると、こんな話をしていました。
「特待生ってマジでいるんだね」
「ああ、武澤(仮の名前です)センパイでしょ? 理事長の親戚の子らしいじゃん」
「しかも主席でしょ?」
「へ、そうなの?」
「らしいよ。どんだけ頭良いんだって感じみたい」
「私が聞いてたのは、陸上部の短距離で期待の星だって話なんだけど」
「マジー? じゃあ頭良くって運動神経バツグンってわけ? やばくない?」
「いや、同一人物なのかはしらないけど」
「でも、特待生で理事長の親戚ってそう何人もいないんじゃない?」
どうも私が行くことになる学校の話のようでした。
成績が中の中、運動神経もない私には雲の上のような存在で、夢の世界の住人といった印象を受けました。
この科学が跋扈(ばっこ)する現代で、中世の貴族と貧民ほどの絶対的な開きを感じた私は、その話をすぐに記憶から消し去ってしまいます。あまりに自分に関係がなさすぎて、現実味がなかったからです。
そうこうしていると、目的の停留所にバスが止まりました。
私以外の違う制服の人たちも次々降りていきます。その中にはさっき会話していたふたり組もいました。
ステップを降りきると雨はあがっているようでした。しかし空を見上げてみると、まだどんよりとした雲があちこちに残っています。
「なるべく早く済ませて帰ろう」と思った私は、足早に学校に向かうことにします。これまで受験の日と、合格通知の日の2回しか通ってない道でした。
うろ覚えでしたが、制服がバラバラのみんなが同じ方向に向かっていたので、私もその後をついていくように歩くことにします。見たことのある景色が映り込んでくる度に、だんだんと道を思い出してきました。
ようやく道を思い出しきったぐらいで、見覚えのある校門が視界に入ります。
なんとなく校舎を見上げて、「ここにあの頭脳明晰、運動神経バツグンのセンパイがいるのかあ」と思い出していました。
「どんな人なんだろう」とすこし興味が沸いてきたのは、目的地に辿り着いて、余裕が出てきたからかもしれません。
みんなについていくように校舎の中に入っていくと、案内用の即席看板が置いてありました。看板に書かれている矢印を辿っていけば、必要なものはすべて揃うようです。
よく看板の文字を読んでみると、まず2階へ向かうように書いてありました。看板上の簡易地図を目で辿っていくと、職員室の隣にある会議室が目的地のようです。
看板に従って会議室に辿り着いた私は、そこで書類の束を渡されました。
「新入生の手引き」といったタイトルの、薄っぺらいパンフレット類です。その中に挟み込むように、何枚かのざら紙が入っています。
入学費用のことを書いた紙、今日買える(買う必要がある)もののチェックシート。他に簡易的な見取り図も入っていて、図面上にどこで何が買えるのかも書いてあります。
私のように不安で仕方がない者にとっては、ありがたいアイテム群でした。
特にチェックシートは誰かの手作りのようです。クマのようなイヌのような可愛いキャラクターが、案内棒と吹き出しで説明してくれています。
漫画風なつくりに思わず見入ってしまいます。他の書類はお母さんが持たせてくれた紙袋に突っ込んで、チェックシートと見取り図、シャープペンシルを手に持って職員室を出ることにしました。