センセイとパパ活(第3話)

あのあと私たちは黙り込んだままだった。どちらからも何も言わず、何を言えばいいのか手探りのまま、センセイが「送るわ」と言って車で送ってくれた。送ってもらう最中も、別れ際もセンセイの顔が見れなかった。

明日からどんな顔でセンセイに会えばいいのかわからない。今までみたいにできるかわからない。

キスの感触を確かめるように、唇を指先で触れてみる。センセイとシたんだって思うと、恥ずかしくて布団の中で身もだえてしまう。

未知の世界に足を踏み入れてしまったという現実。もう昨日までの自分とは違うという感覚。新しい自分になったんだというような実感。

イマドキ高校生なら珍しくないだろうけど、私にとっては一大事で、間違いなく歴史の一ページに書き残すぐらいの事件だった。

まだ胸がドキドキしてる。
これが大人への階段か。

センセイは私とシてよかったと思ってくれてるのかな。いや、後悔してそうだ。「生徒とシちまったー」って後悔してそうだ。絶対そうだ。

どうせなら誇らしく思って欲しい。俺はまだ若い子にモテるんだーって自信に繋がって欲しい。後悔はして欲しくない。

すっかり乙女になった私は、センセイのことを考えながら眠りについた。

次の日。
私を現実に引き戻したのは、突き刺さるような母の声だった。

「起きな」
強く足蹴にされてベッドから落とされる。

「いたっ、もー、なんなのよお。蹴ることないでしょお」
目をこすって視界を確保しようとする。そもそも母が朝っぱらから私の部屋にいることはまずない。仕事から帰ってきてグースカ寝てるからだ。

すこしずつ明瞭となる景色。そこに立っていたのは社会の教科書で見た仁王像。と化した母。ああ、仁王立ちってここから来てるのか、と現実逃避した。

「なに?」
ゆっくり立ち上がる私。

「昨夜の男、だれ?」
一瞬で目が覚めた。全身から血の気が引いていく。

「車の男。だれなの?」
起きたての頭にこれはキツい。とりあえずセンセイの迷惑にならないようにしないと、アヤちゃんまで……。

「これ、アンタでしょ?」
見せられたのは私のスマホ。

ロックは解除されている。表示された画面には、ブックマークしてあったパパ活サイトの管理ページ。新規で投稿したり、過去の投稿が自由に編集できる画面だ。

「よく見てよ。昨日の日付じゃないでしょ」
そこまでガジェットに詳しくない母を煙に巻くのは簡単だ。
と思っていた。

「ということは、昨日以前にはこれ使ってたってことだろ?」
マズった。足下をすくわれた気分。

「尚更、昨日の車の男は誰なんだって話」
完全に墓穴を掘った。普通にパパ活だって言えばよかった。

でも、これは、ひょっとすると。
心配してくれてるのかな。娘の素行が心配で怒ってるのかな。いや、自分に迷惑が掛かりたくないだけだろう。いやでも――。

「いくら稼いだの?」
前言撤回。

そういうことか。
この人の頭には、金とパチンコしかないらしい。

「だしな。稼いでんなら生活費ぐらい入れろよ。人として当然だろ」
いろいろ腹立つけど、何も言う気になれない。
渋々、鍵付きの引き出しから白い二つ折りの財布を出す。財布を開こうとすると、

「貸しな。チンタラやってんじゃないよ」
財布をひったくられ、お札をごっそり引き抜かれる。

「ちょっとお、ご飯どうすんのよ」
「ウって稼げばいいじゃん? 女子高生なら高く売れんだろ」
はあ。この人間性の低さには脱帽する。そら旦那も逃げるわ。

「いたっ! ちょっ、痛いってば!」

お札が引き抜かれた財布をその場に捨てて、お札を握っていない左手で私を何度か殴りつける。太ももを何度も蹴りつける。髪を掴んだまま、あっちこっちと引っ張り回される。顔を殴りつけようと平手打ちのポーズをとる。

私は思わず、ギュッと目を瞑る。しかし、荒々しい母の呼吸以外なにも聞こえず、頬や顔に衝撃がおとずれることはなかった。

「隠したりするからこうなるんだ。いいか? あんたはこれから稼いだ金をあたしに渡すんだよ。チョロまかしたりしたら、どうなるかわかってんだろうね?」

息を切らしながらそう言い残して、あの人――アイツは部屋を出て行った。
悔しくて涙が止まらない。サイテーな朝だ。

顔を殴らなかったのも、傷が目立つと困るからだろう。逆上しながらも冷静に虐待を繰り返すアイツが憎くて仕方なかった。

なんで私は、アイツの娘として生まれることになったんだろう。
なんでアイツは、今ものうのうと社会で生きていけるんだろう。
なんで世界は、アイツが甘い汁を吸っているのを見逃しているんだろう。

もう我慢できない。警察に言おう。
そう思った瞬間、センセイの顔が浮かんだ。
ダメだ。学校変わりたくない。

センセイに相談する?
心配かけたくない。それに今のセンセイとの生活がなくなってしまいそうだ。アヤちゃんにも会えなくなる。ひとりぼっちになっちゃう。
家族がいなくなるのはイヤだ。

ふっと、モリカナのことが浮かんだ。
殺してしまう?

そうか。殺してしまえばいいのか。

そうすれば、アイツに邪魔されずに生きていける。ウチの家庭に問題があることはセンセイも知ってるし、学校のえらい人にも話が通ってる。地域の人? も話は知っている。罪には問われないかもしれない。

ただ、結局いまの生活を奪われることには違いなかった。
それだけは、自分の手でつかんだ幸せだけは手放したくなかった。
我慢することを選んだ私だったが、身体がいつまで持つかは自分でもわからなかった。

第4話へつづく

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