センセイとパパ活(第1話)

歩く度に金属音を奏でるアパートの階段を上がっていく。

何度か塗り直しを行なっているらしいそれは、あきらかに明るい色を放っていて、安っぽかった。

この安っぽい階段が嫌いだった。どれだけ気を遣って昇り降りしても、カンカンという音が鳴り響く。無神経な人が昇降する際は、近所迷惑な騒音をまき散らす構造物になり果てる。

その物音は、「ご主人さまが帰ってきたぞ!」という威圧以外の何物でもなく、たとえ夜中に寝ていても、ビクッと目を覚ますほどだった。

鞄から取り出した鍵を入れてドアノブを回す。殴れば割れそうなほど薄い扉を開く。

玄関は三分の一を小さな靴入れが占めていた。この計画性のなさに、毎日イラッとしてしまう。思いつきで買った家具を、無理やり押し込んだのだろう。これで「キチンと収まっている」と満足している思考回路にも腹が立つ。

そんな狭いスペースの中、壁に手をついて靴を脱ごうとする。

すると家の中から、
「優花、あんた昨日掃除してないでしょ?」

母の声が聞こえた。玄関から丸見えの居間。そこに置かれたコタツの前で化粧をしながら、こちらを見ずに言った。これがこの日、私と母が最初にかわした言葉だ。両親は私が中学のときに離婚した。

負けじと私も靴に視線を落としたまま答える。お互い目を見てないけど、一日の顔合わせもこれが初めて。

「えー、やったし」
「台所のゴミ袋、替えてないじゃん」
「台所は明日でしょー?」

ゴミ収集の日時と、ゴミ袋がもったいないという理由、替えたあとのゴミ袋の置き場所がないといった理由で、うちのゴミ袋の取り替え日は決まっていた。

「口答えすんな」
「あー、もう。ごめんごめん」
逃げるように、居間より手前にある自室の襖を開いた。

「あと、洗濯物溜まってるからやっといて」
「ちょっとー、今日お母さんがやる番でしょ?」
「誰のおかげでメシが食えると思ってんの?」

ご飯は自分でまかなってますけど?
という反論をグッと堪えて、「わかった」と伝えて襖を閉めた。

「じゃあ、あたし行ってくるから」
しばらく経ってから、母がそう言い残して家を出て行った。

手早く洗濯を済ませながら、仕事の準備をする。スマホには今日の相手からのメッセージが、ジャンジャン届いていた。

ちょっと遅くなる代わりにサービスするから、と言ってなだめる。ついでに今日泊まりはどうかという提案をした。相手は大きく首を縦に振っているスタンプを返してくる。

さっさと洗濯物を干して家を出る準備をした。

上から私服のコートを羽織る。マフラーで胸元を覆うが足下は隠しきれなかった。コスメを持って学校には行けないので、メイクは控えめにしておく。

今日の相手は常連さんだし、多少は顔が違ってもわかるだろうと思ったのだ。

風は冷たく、露出した手足が冷えて痛くなった。しかし、あまり色気のない格好は好ましくない。なるべく可愛らしい格好をしている方が喜ばれる。

それがリピーターへ繋がるため、スカートは絶対外せない。すこしぐらいの寒さは我慢する必要があった。

「うぅ……寒っ」
とは言っても、真冬に素足をむき出しで歩くのは、なかなかに勇気が要ることだった。これだけは何年やっても慣れないと思う。

よくネットの書き込みで、「冬に素足むき出しの女子高生って何考えてるの?」とか、「見てて痛々しいからやめろ」とか、そういうのを見かける。ヒドイのになると「自意識過剰すぎる。誰もおまえらの足なんか見てねーよ」なんてのもある。

全部おまえらが原因だろ、って私は思った。

男は、いつの時代もカワイイ、キレイな女をチヤホヤする。美人は元々得をする生き物だ。そう考えている女は少なくない。だから、無理して、背伸びして、自分を創ろうとしているのに、その言葉はないんじゃない? そう考えていた。

ネットで見る二次元の女性画像。やたら胸が大きくて、露出が多くて、ノーメイクとは思えないフェイスをしていて、スタイルもいい。そんな女性画像ばかりに「いいね」がつく。そういうのを支持している時点で、三次元の女の努力を否定しないでほしい。

服を買うのはお金が掛かる。コーディネートなんて言葉がある以上は、一部分だけ変えても意味がない。いろいろ揃えると余計にお金が掛かる。コスメだってバカにならない。あんたらマスカラ一本いくらするかわかってんのか。そんな不満を日常的に抱いていた。

毎日ジャージにノーメイクでいいなら、どれだけ楽か。

だけど私は、情けないことに、そんな男たちに従う他なかったのだ。生きるためには、彼らに好まれるようにする以外に方法がなかった。嫌われないよう努める以外に、生きる道がなかったのだ。

待ち合わせの場所に着くと、相手はもう来ていた。
出会ってすぐ、なだめるために手を握ってみる。だが、驚いて手を引っ込めるぐらいに冷たくなっていた。

「ごめんなさい、こんなに待たせちゃって」
よそ行きの言葉で話をする。

「ほかのお客さんがいたのかい?」
「違いますよう。洗濯物が溜まってたので、それだけ片付けたくって。ほんとにごめんなさい」

「イマドキの子って家事とかしないって思ってたけど、さやかちゃんは家庭的なんだね」
さやかっていうのは私の源氏名……っていうのかな。仕事上の名前だった。

「そんなことないですから、普通ですって」
まあ、同年代の子は遊び惚けて、家にも帰っていない子が多い。家事やってる子は少数派かもしれないなあ。もっと上流階級の娘さんなら、また違ってくるかもしれないけど。

「それじゃ、冷えてもあれだし、さっそく行こう。ご飯は食べた?」
私が首を横に振ると、手を引いてファミリーレストランへ連れていってくれた。

私がやっている仕事は、「パパ活」と呼ばれるものだった。

手を繋ぐ以外の接触は基本的に厳禁。身体の関係もなし。たまにギュッとされるけど、それは現場判断の別料金。

基本的には、一緒にご飯を食べたり、遊んだり、話をしたりするだけで、お小遣いがもらえる仕事だった。

まっとうな仕事じゃないのはわかっている。でも、学校はバイト禁止。お嬢様高校じゃないけど、やたらにお金を持ったり、外部と接触を持ったりすると、非行を助長させる要因にもなりかねないらしい。

そんな理由でストップが掛かっているようだ。学校名を聞くだけで、この近辺のバイトは不採用となってしまう。母親からまともな援助がない私が生きていく術は、パパ活しか思い当たらなかった。

パパ活は、ネット上のサイトに登録して相手を見つける。条件が合えば何回も会うことがあるし、一回だけの人もいた。泊まりはかなりの信頼がなければOKしない。手を繋いで添い寝するだけで、相手は喜んでお小遣いを弾んでくれる。

こういった需要がある限り、女子学生というブランドはいつまでもなくならないのだろうと、当事者なりに思う。

私がパパ活を始めたのは夏頃だった。

それまでは、父から毎月いくらかのお小遣いをもらっていた。なので、それでまかなっていた。高校に入ってから、いろいろと必要だろうと便宜を図ってくれた父は増額してくれた。

しかし、母はその自分を介さないやりとりが、気に喰わなかったらしい。

その上、父からもらったお金は、「自分が管理する」という名目で母に没収されてしまったわけだ。

母はそれまでも趣味としていたパチンコに、さらに没頭し始めた。なんとなく父からもらったお金が使われているんだろう、ということはわかっていた。だからと言って、言い出せるような性格だったら初めから苦労はしない。

事情を話せば父は協力してくれたかもしれない。だけど入ったばかりの学校を変わりたくなかったし、再び前の苗字に戻ったことを知人に伝えるのもやりにくかった。あと数年の辛抱だと思った私は、なんとか我慢する道を選んだ。

ちょうど、お金を没収されたぐらいの頃。

父が病気で亡くなった。

私が知っているのだから、お母さんもお父さんが亡くなったことは知っているはず。だけどお葬式に行くどころか、その話題を振ってくることは一度もなかった。

同時期から、母がご飯を用意することはなくなった。それでも冷蔵庫に食べ物が入っているときは、それでまかなえた。だけど冷蔵庫も空っぽのことが多くて、生命の危機を感じた私はネットに助けを求めた。

そこで知ったのがパパ活だ。

意外と簡単に相手は見つかり、ご飯を食べさせてもらえるだけじゃなくて、お小遣いまでもらえた。相手も事件事はイヤなのか、今のところ目立ったトラブルもない。それから私は、パパ活でもらったお金で生活するようになった。

母からまともに援助を受けていないけど、この人は一体どう思っているのだろう。私が、水さえ与えていれば育つ、とでも思っているのだろうか。

なんだか腹が立った。
何故、この人に親権が委ねられたのか。

高校を出たら普通に仕事を見つけて、この人とは縁を切るつもりだった。母がこういった人間性なのは、もう仕方がないだろう。たぶん、母が育ってきた環境がそうさせたのだ。

だけど、この国の法律が、とても曖昧で上っ面しか見ていないこと。そのクセに生半可な力では逆らえない強制力があることを、私は肌身で感じでいた。

結局、法を整備した人は、そんな悩みとは無縁な人が整備したのだ。表向きは困っている人に手を差し伸べているつもりなんだろう。だけど、本当に困った人の身にはなれていないんだと思った。

その結果が、パパ活に身を委ねる、私のような人間なのかもしれない。
腹は立つけど、私がそれを表に出すことはない。
牙を剥かないこと自体が、私が生きていくために得た処世術だったから。

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